「息子のままで、女子になる」

パンテーンのCMに出演するなど、最近、メディアで取り上げられることが多いMTFトランスジェンダーのサリー楓さんのドキュメンタリー映画です。6月19日から劇場公開中です。

サリー楓さんは慶応大学で建築を学びつつ、社会的な性別を女性に変更します。その後、建築設計事務所で女性として勤務しながら、ファッションモデルやLGBTに関する講演活動など多岐にわたって活躍中です。

この映画の興味深いのは、サリー楓さんが社会人になるまえ、カミングアウトをして間もない時期から社会人になるまでを追ったドキュメンタリーであることと同時に、“息子”からトランス女性であると告げられる父親のリアルを追ったドキュメンタリーである点です。

トランスジェンダーについて知る、というだけでなく、LGBTや多様性の理解とは何か?を考えさせられる映画という点でとても面白いおススメ映画です。

ストーリー

男性として生きることに違和感を持ち続けてきた楓は、就職を目前に、これから始まる長い社会人生活を女性としてやっていこうと決断する。幼い頃から夢見ていた建築業界への就職も決まり、卒業までに残された数か月のモラトリアム期間に、楓は女性としての実力を試そうとするかのように動き始めた。

​ビューティーコンテストへの出場や講演活動などを通して、楓は少しずつ注目を集めるようになる。メディアに対しては、自身が活躍することでセクシャルマイノリティの可能性を押し広げたいと語る楓だが、その胸中には、父親の期待を受け止めきれなかった息子というセルフイメージが根強く残っていた。社会的な評価を手にしたい野心的なトランスジェンダー女性と、父親との関係に自信を取り戻したいとひそかに願う息子。この二つの間を揺れながら、楓はどんな未来をつくり上げていくだろう。

これは、社会の常識という壁に挑みながら、自分だけの人生のあり方を模索する新しい女性の誕生ストーリーである。

内容

この映画の企画が持ち上がったきっかけとなったのが、ミスインターナショナルの日本大会への出場を決めたことです。ミスインターナショナルはトランスジェンダー女性のビューティーコンテストで世界最大級のコンテストです。

このコンテストに出ようと思ったのは、トランスジェンダーといってもモデルや女優や芸人だけでなく、トランスジェンダーの日常を発信したくて、凡人代表として出場を決めたそうです。コンテストで優勝するために、外見だけでなく、ウォーキング、ダンスやポージング、英語でのスピーチなどの練習を重ねます。

映画の終盤ではるな愛さんとの対談があります。世間がイメージするトランスジェンダーのステレオタイプに抗ううちに自分自身が縛られているようなサリー楓さんに、はるな愛さんはもっと柔軟に考え、さまざまな可能性や考え方を伝えます。ビューティーコンテストの先輩であり、トランスジェンダー女性の先輩からのメッセージでサリー楓さんも気づきを得ます。

また本作のもう一人の主人公はサリー楓さんのお父さんです。お父さんはサリー楓さんを男の子だからこそ、男らしく厳しく育ててきていました。そのお父さんとサリー楓さんが正面から向き合い、本音で話し合いをします。脚本も演出もなくドキュメンタリーならではヒリヒリとした緊張感があります。

さらに、その後、サリー楓さんの活動や話の映像をお父さんが一人で見るシーンがあります。お父さんへの批判にも聞こえる場面も出てきます。それを見ている際のお父さんの表情は、複雑な心中が現れており、惹きつけられます。

感想

お父さんは、サリー楓さんのことを“理解”しようとします。一方で映画内では、「男性か女性か、というのは関係なく、自分の息子です」と語っています。いわゆる教科書的な回答ではなく、いろいろ考え、向き合ったうえで今の率直な意見を発信しています。

監督は、別のインタビューで「監督として僕は映画を見て、楓さんのことを「女性であると認めてほしい」という気持ちは全くない。(中略)僕はあらゆる意見が生まれることを肯定したいんです。」と言っています。

LGBTへの理解とは、LGBTの抱える大変さなどに共感をするということもあると思います。しかし共感できなくてもその立場を知ろう・理解しようとすることも、LGBTへの理解と言えるのだと思います。お父さんは「息子です」と言いながらも、女性として生きようとするサリー楓さんを受け入れその生き方を否定することなく尊重をしています。これがお父さんの“理解”なんだと思います。

同時に、対話の重要性も描かれています。お父さんもサリー楓さんもともに過去の体験をもとに相手は『こうおもっているんだろう』と考えていますが、このドキュメンタリーを通して対話をし、自分が誤解していたことに気づきくことで、本当の意味での理解が進みます。

「LGBTを知る」という映画が多いなかで、また別の角度からの映画です。おすすめです。