『パーフェクト・ノーマル・ファミリー』

最近は、LGBTをテーマにした映画が増えています。ほとんどの映画の主人公はLGBTの当事者ですが、本作は、MTFトランスジェンダーの父親をもつ11歳の少女が主人公です。突然、カミングアウトを受けて、悩み戸惑う一人の少女の心の葛藤や家族の在り方が描かれています。監督が11歳のときに自分の父親が女性になったという実体験をもとに作られているデンマークの映画です。

父のカミングアウトとそれに伴う移行はありますが、それ以外は日常生活が淡々と描かれているだけで、驚くような展開や伏線回収はありませんので、ネタバレというのも特にないです。ただ見終わると、爽やかで温かい気持ちになり、また人との関係構築や家族との繋がりについて考えたくなるような作品です。

数あるLGBTテーマの映画の中でも、特におすすめの作品です。

ストーリー

デンマークの郊外で暮らすエマは、地元のサッカークラブで活躍する11歳の女の子。幸せな家庭で充実した日々を送っていた。ところがある日突然、両親から離婚すると告げられたことで彼女の日常が一変する。しかも離婚の理由は「パパが女性として生きていきたい」だった…。ホルモン治療によって日に日に女性らしくなるパパのトマスが、やがて性別適合手術を受けるという現実をエマは受け入れられず、ひとり思い悩んで寂しさを募らせ、時にはやるせない苛立ちを爆発させる…。「大嫌い。パパなんか死んじゃえ!」。そう叫びながらも、本当はパパのことが大好きなエマが、幾多の葛藤の果てに気づいた自分の気持ちとは―――。

テーマ

この映画のサブタイトルとして「ほかの誰かにとっての『普通』を考え続けること」とあります。父親がトランスジェンダーであることをカミングアウトをして両親が離婚という選択をとります。

このとき、エマの姉のカロリーネ(14歳)は最初こそ驚きの表情を浮かべますが、すぐに父の気持ちや変化を受け入れ、むしろ積極的に応援し、ネイルを一緒にするなど女性となった父との新しい生活をエンジョイしています。一方でエマは大好きな父が、見た目も名前も仕草も変わり、大好きだったサッカーですら無関心になったように思え、受け入れられません。

最近は日本でもLGBTへの社会の理解度が急速に進み、受け入れるのが『普通』となりつつあります。現実的にはまだまだな部分はありますが、公的に無理解な発言をした場合にはかなりのバッシングがあります。エマのように受け入れたいけど、気持ちがついていかない人は、自分は心の狭い差別的な人間だと自責の念に駆られることがあります。

父親にとっての『普通』、姉の『普通』、エマの『普通』はそれぞれ違うので、それを思いやる気持ちと歩み寄ることが様々なエピソードともに描かれています。

姉の堅信式(成人式のようなもの)で、エマが姉に対する想いを歌で伝えるシーンは、二人の性格や考えの違いを乗り越えて、気持ちが触れ合うのが感じられます。

感想

この映画は約20年前のデンマークを舞台にしています。主人公のエマの気持ちにフォーカスするために、トランスジェンダーとして移行していく父の大変さや気持ち、周りの無理解などは全く描かれていません。ただ描かれている部分だけをみても、LGBTに対する社会教育が進んでいるのがはっきりわかります。デンマークでは1989年に世界初の同性パートナーシップ制度が法的に導入されており、差別禁止の法律など社会教育(マインドセット)が進んでいたのがうかがえます。

心から共感し受け入れている人ばかりでないということも描かれていますが、それでも否定せず尊重しようという空気が随所に見受けられます。

このような啓発や教育をしていくことで、人々の言動は変わっていくという事例であり、企業でLGBTの取り組みを進めるうえでもとても参考になると思います(過渡期においては、エマのようについていくのに時間がかかる人が出てくるので、そこへの配慮も大切です)。