『LGBTQ+ 性の多様性はなぜ生まれる?~生物学的・医学的アプローチ~』

国際基督教大学特任教授で魚類の生物学を専門とする小林牧人さんの著書です。
LGBTの話は社会学(ジェンダー研究)の文脈で説明されることが多いですが、本書では脳の性分化ということを中心に説明しています。
LGBT当事者が困っていることや社会や企業の対応などはほとんど書かれていません。
生物学の専門家として『個人の性を決めるのは、その人の生殖腺、生殖器でもなく、他人でもなく、その人の個人の脳なんです』(「おわりに」より)というのが著者の主張するテーマです。

“生物学的・医学的な視点”ではありますが、専門的な用語はあまりなく、魚の事例なども豊富なので、読みやすく興味深いです。
「脳の性分化」という言葉に興味を持つ方には、おススメです。

書籍概要

ヒトの性の多様性があるのはなぜか?ということについて自然科学の観点から解説した数少ない本。
胎児の発生過程で起こる脳の性分化を核心にして解説されている。性の多様性に関する社会科学的なアプローチともあわせ、セクシュアルマイノリティへの差別がなくなることを願って執筆された。

目次
第1 章 ちょっとはじめに身体のことを考えてみましょう
第2 章 動物の性と生殖
第3 章 性転換する魚類たち
※(コラム1 まだまだあるおもしろい魚の仲間たち)
第4 章 哺乳類の脳の性
※(コラム2 ジェンダーという言葉の意味 コラム3 性自認と性的指向の定義)
第5 章 性のレベル
※(コラム4 医学が進んで小林の身体に卵巣と子宮を移植したら子どもが産めるのか? コラム5 ブレンダと呼ばれた少年)
第6 章 身体の性のパーツ,脳の性のパーツの組み合わせにより性の多様性ができる
※(コラム6 LGBT とDSDs コラム7 トランスジェンダー,ニューハーフの語源 コラム8 性の多様性に関するいくつかの表現)
第7 章 同性愛,トランスジェンダーは病気ではない
※(コラム9 ブルーボーイ事件から性適合手術の夜明けへ その1 コラム10 ブルーボーイ事件から性適合手術の夜明けへ その2)
第8 章 生物の特徴と生物学の考え方
※(コラム11 生物学者の仕事)
第9 章 ヒトの性の多様性の起因
第10 章 脳の性差と傾向
第11 章 セクシュアルマイノリティと社会
※(コラム12 昔 話)
第12 章 ヒ トの性,セクシュアルマイノリティに関する本
第13 章 誰がどこでLGBTQ +について教えるの?

印象的なコンテンツ

『魚の仲間には、一生のうちに性を変える魚がいます。いわゆる性転換魚類です』(P7)
まずは著者の専門の魚の話です。
クロダイは年齢によって性転換します。2歳までは全部雄で、その後は精巣が退縮し、卵巣が発達して雌になります。
高級食用魚のクエは、はじめが雌であとから雄になります。
社会的序列(群れのリーダー)により性転換するものとしては、キュウセンやカクレクマノミがあります。
『性転換魚類は、脳がハードウェアのレベルで両性』(P10)で、条件に応じて、雌の神経回路か、雄の神経回路が働くことで、雌や雄になるそうです。

『哺乳類では、胎児あるいは出生前後の限られた時期の男性ホルモンの有無により、脳の性が決まると考えられています』(P30)
『脳の性ができるということは、雌雄で異なる神経回路ができるということで、ヒトでは性自認、性的指向、性周期の有無がきまるということです』

“心の性=性自認”という言葉がよくつかわれますが、心というのは、もちろん心臓ではなく、脳の働きになります。生まれる前後で脳の性が決まるからこそ、大人になってから“治療”をすることはできないということになります。

『トランスジェンダーはどちらも偶発的なものと考えられ、遺伝子、出生後の環境によるものではない』(P80)
『男性同性愛については、遺伝が関わっているのではないかという研究報告もありますが、まだ決定的な証拠は得られていません。女性同性愛についてもその起因はよく分かっていません』

トランスジェンダーは、胎児のときに男性ホルモンの産出量の多寡により、“身体”ではなく“脳”の性が決まります。

感じたこと

本書では、社会学ではなく生物学的医学的アプローチによりLGBTを考察するという点で、他のLGBT関連書籍とは、明らかに一線を画しています。
具体的な、当事者の悩み事例や、対応事例などはまったくないので、現実への応用が難しいとも言えます。
一方で、情緒的なアプローチより科学的アプローチのほうがしっくり理解できるという人もいます。

コラム4 医学が進んで小林(著者)の身体に卵巣と子宮を移植したら子どもが産めるのか?など、コラムもとても興味深いです。

脳と身体の性について学べる良書です!