『はじめて学ぶLGBT 基礎からトレンドまで』大学の非常勤講師も務めるジェンダー・セクシュアリティの研究者である石田仁さんの著作です。

タイトルにあるとおり、基本的な知識から、学校で起こりうること、LGBTをめぐる市民生活、LGBTビジネス、トランスジェンダーの治療、インターセックスについてなどLGBTに関する話題を非常に幅広く取り上げています。また随所に、他のメディアなどでは触れない(触れにくい)ことにも石田さんの鋭いツッコミもあり、興味深いです。

『はじめて学ぶ』とタイトルにはありますが、ある程度、基礎知識のある人にもお勧めです。

書籍概要

第1章 自分の性をどう伝える?周りはどう受け止める?
…カミングアウトについての基礎知識。誰からカミングアウトされるかによって受け入れ度合いの違いなどを説明しています。

第2章 どうしたら学校は過ごしやすい場所になる?
…学校や教職員の対応、教科書の記載などについて説明しています。

第3章 性的マイノリティの心と体の健康
…トランスジェンダーのホルモン治療や性別適合手術について、比較的具体的に説明されています。

第4章 性的マイノリティを取り巻く法律上の問題を考える
…パートナーシップ制度と同性婚と、婚姻平等の違いに触れ、また自民党が検討しているLGBT理解増進法についても筆者の見解が述べられています。

第5章 性的マイノリティの市民生活と課題
…自治体のパートナーシップ制度をメインで取り上げ、生活とのかかわりについて説明しています。

第6章 何のための「LGBTビジネス」か
…ウェディングやホテルなどの例を取り上げ、トランスジェンダーが取り残されている実態を説明しています。またハラスメントや研修、トイレなどについても触れています。

第7章 性別と科学の関係を深く知ろう
…インターセックスについて書かれています。類書と比較するとかなり詳細に説明されています。

第8章 これまで十分に語られてこなかったセクシュアリティのこと
…レズビアンとフェミニストの関係、ゲイの歴史や文化、HIVについてなどについても踏み込んで書かれています。

特別編 LGBTについて調査・研究するとき
…調査方法や、自分で研究・調査をする人(学生の研究を想定)に対しての注意事項などが書かれています。

印象的な記載

「パンセクシュアルという言葉は、性的マイノリティの女性によく知られているという印象を持ちます」(P17)

パンセクシュアルとは、バイセクシュアルに似ていますが男女二元論ではなくすべての人が恋愛性愛対象となる人ですが、なぜ女性に多いのかという理由を想像しながら、実体験に基づいた感想が書かれています。

「性自認や性的指向は、自分の意志で変更することが困難である、というのは社会運動上の戦略」(P22)

性自認や性的指向が変化することもあるという視点にたち、変更不可能性について疑義を唱えています。

「企業に対する評価制度(PRIDE指標)の構築は始まったばかりと言えます。制度自体の信頼性を高めるための改善も必要」(P171)

PRIDE指標の評価基準が甘めであること、根拠資料の提出が不要なことなどについて触れ、改善の必要性を訴えています。

「日本における性的マイノリティの人口が7~8%であると受け止めるのは要注意」(P227)

電通やLGBT総合研究所の調査などに関して、調査手法上の問題からこの数字を人口比で考えるのは誤りと指摘しています。

感じたこと

本書全体を通じて感じるのは、テーマが非常に多岐にわたっているということです。企業の人事部やダイバーシティ担当者にとっては、直接役立つことは多くはないかもしれません。ただ一定の知識がある人が興味のあるテーマを拾い読みしてみると、意外に知らなかったことが見つかり、興味深いかと思います。

筆者の立場や視点からの批判的なコメントも多いのですが、あとがきで「私のこだわりによるLGBTの排除と包摂の描き方は、きっと別のモノの考え方を排除していることでしょう」と書いています。いろいろな価値観・モノの見方が大切ということを最後に述べており、全体のバランスが取れている書籍になっています。