同性愛の当事者にとって働きにくさの一つとして、同性パートナーの存在を職場でオープンにしにくいことがあげられます。
仕事と性的指向は直接的には関係ありませんが、仕事は家族やパートナーと言った生活スタイルと密接に絡むので、結局は、仕事と性的指向も関係する場面がでてきます。
今回は、キャリアアップのための異動を打診されて悩んでいたMさん(レズビアン)のお話です。

私はIT関連の企業で働いています。
職種はプロジェクト管理が中心で、いわゆるPMアシスタントからキャリアを積み、ようやく中規模案件を任されるようになったところでした。
30代に入り、そろそろ次のステップに進みたいと思っていた矢先、新しいプロジェクトのリーダー候補として声がかかったのです。私にとっては大きなチャンスでした。

ただ、私にはもう一つ大切な環境があります。
同性のパートナーと暮らし始めて一年が経ち、ようやく生活が安定してきたところでした。彼女はフリーランスでデザインの仕事をしていて、収入が月によって変わるため、今は私の収入を中心に生活を整えている段階です。

そんな中で受けた本社異動の打診は、正直とても悩ましいものでした。
本社は今の住まいから遠く、片道1時間以上の通勤時間増は避けられません。
プロジェクトリーダーとして働くことになれば残業も増えるはずで、そうなると生活のバランスは大きく変わります。
私が遅くなるぶん家事の負担はパートナーに寄ってしまい、彼女の仕事にも影響が出るかもしれません。本社近くへの引っ越しというのも現実的には簡単にはいかない状況です。

どうしようかと悩みつつも、上司にはまだ自分のセクシュアリティもパートナーの存在も話していなかったので、相談もできませんでした。
会社はLGBT関連の研修や社内ネットワークづくりも進めているものの、直属の上司に個人的な話をどこまでしていいのか、慎重にならざるを得ません。
「パートナーの事情で異動が難しい」と言っても、それが“ただの家庭事情”として扱われるだけならまだしも、気まずくなるのも嫌ですが、変に気を遣わせたりするのではないか――そんな不安もありました。

しばらく悩んでいたところ、上司のほうから「前の話、どう?気になることがあるなら教えて」と声をかけてくれました。
その一言に押され、「実は…」と切り出すことができました。
会議室に移動し、私は慎重に言葉を選びながら、同性のパートナーと同居していること、異動により生活に大きな変化がでること、そしてキャリアを諦めたいわけではないが不安が大きいことを、できるだけ率直に話しました。

上司は驚くことなく、ただ黙って耳を傾けてくれました。
私が話し終えると、すぐに「話してくれてありがとう。言いづらかったよね」と言われ、胸がじんと熱くなりました。
そして、「キャリアはもちろん大事だけど、それを支える生活環境も同じくらい大事だよ。パートナーのことも含めて相談していいから」と言ってくれたのです。

私はその瞬間、この会社で働き続けたいという気持ちを強くしました。
制度や規定も大切ですが、こうした“人として受け止めてくれる姿勢”があるからこそ、安心して仕事ができるのだと痛感しました。

結局、私は異動を辞退し、今の部署で引き続きスキルアップを進めることになりました。
上司は別の研修プログラムを紹介してくれ、私のキャリア形成を長期的に支える提案をしてくれました。
パートナーも「そんな理解のある職場なら安心だね」と言ってくれて、二人の生活を無理なく続けられることにほっとしています。

 

上司に相談しにくいという当事者の声の背景には、理解してもらえないのでは?という不安とともに、過度な気遣いへの遠慮もあります。また相談しやすいか、つまり「本音」を言えるかどうかは、制度だけでなく職場の文化や人間関係によって大きく左右されます。
Mさんは、本音で相談できてよかったと笑顔で話していました。