LGBTダイバーシティ&インクルージョンに関しては、大企業だけでなく中小企業からも相談がよくきます。LGBT取り組みの進捗の違いは、業界というより企業規模によってかなり異なる、というのを見ていてとても感じます。

ある中小企業の事例を基に、大企業ならではの悩みを考えてみました。

A社は従業員300人弱の部品メーカーです。この企業から研修の相談があったのが半年ほど前でした。研修の依頼でしたが、状況をよくよく聞いてみたところ、中途採用の場面でLGBT当事者(トランスジェンダー)Yさんから、カミングアウトがあったとのこと。

Yさんは、専門知識と経験もあり、その点では文句なく合格だけれど、A社全体も採用担当者もトランスジェンダーって何?LGBTって何?という状況で、どうしていいか分からずという相談でした。

A社は創業70年の優良企業ですが、製品はニッチで目立たないので採用には苦労していました。採用担当者はYさんを是非、採用したい!という気持ちが強い一方で、社内では役員クラスも含めて、「LGBTってよく分からないし、社内が混乱するから反対!!」という声も強くありました。

そこでまずは人事部向け(といっても5名ですが)に簡単な基礎研修をして、LGBTの基礎知識をつけるとともに、受け入れとか取り組みって何が必要なのか?A社としてできることは何か?というのを一緒に考えました。

そのあとは、社長も含めた役員向けの研修です。その研修では他社の研修にはないくらい具体的な質問が賛成派からも反対派からもバンバンでました。この役員研修のあとはそのまま役員会でした。その役員会の中で社長から、「これからはLGBTとか関係なく、良い人を積極的に採用していくことが会社として重要!」という言葉があり、めでたくYさんの採用が決まりました。

その次は、受け入れのために全社員への研修実施です。中小企業と言っても300人いるので、研修は1回では終わらず、関西での開催も含めて4回研修を行いました。

この一連の流れを改めて振り返ると、ホントにすごいなぁって思っています。

何が凄いと言えば、A社は採用のカミングアウトがあってから全員研修の実施まで4か月でやりきったことです。Yさんを、選考途中で結果を出さずに待たせていたので急がなければいけないという事情はあったにしても、一人の採用のためにここまでやるのか?という驚きでした。

A社の社長の英断であり、社長を動かした採用担当者の熱意だと思います。

今は、YさんはA社に入社して元気に働いています。A社はトイレや更衣室の増設もしていないですし、同性パートナーシップ制度などありません。LGBTを差別しないというような文言を就業規則にいれたり、ということすらまだしていません(今後はやっていく予定です)。

A社がなぜこれほどまでに動けたのか?A社の社長がLGBTやダイバーシティに深い理解があったわけではないです。社長にあったのは、「採用は経営課題」という認識です。この経営課題を解決するために取り組むということです。

大企業でも取り組みの進捗が早い企業もあります。ただ時間がかかる企業も多くあります。

時間がかかる要因は3つあるかな、と思っています。

  • 経営陣の後押しがあまりない
  • 異動があり、ナレッジの蓄積や共有が難しい
  • 予算が少ない

3月は年度末で異動も多いです。新任の担当者がある程度知識があればいいですが、LGBTに関しては全く知識がないというケースもあります。

意外な気もしますが、予算に関しては、一人当たりで換算したら、中小企業のほうが負担をしていることが多いです。A社もそれなりの費用と時間をかけて研修をしています。一方で社員数が数千人いるような大企業では全社員に研修を実施するのは現実的にはかなり難しいというのが現状です。

いろいろ考えていくと、最後は、このLGBT取り組みの経営上の優先度ということです。

あるいは、何のためにLGBT取り組みを進めるのか?ということを明確にすることが一つのポイントだと思っています。何のためにやるのか?どんな効果が見込めるのか?これが経営上の課題として何番目に位置づけられるのか?

経営者にこれを伝えることが大切だと思います。