書籍概要
47歳の妻子あるサラリーマンが、あるとき女装に目覚め、女性の格好をしているうちに、女性として生きていきたいという気持ちに目覚めます。
会社では総務部長と言うポジションの中で、女性になるにあたって仕事をどうするのか?カミングアウトはどうするのか?家庭はどうするのか?などに悩みながら、なんとか折り合いをつけていく体験談です。
印象的なコンテンツ
『誰だって、自分が思うように生きていきたいさ。でも、私には家族がある、会社がある、一家の主としての責任もある。それを忘れて勝手なことなんてできるわけがない。しかし自分の人生、本当にそれでよいのか?』(p101)
会社でカミングアウトするかどうか、という前に、女性として生きていくということを自問自答しているシーンです。
この本の中で、女性として生きていく道を選びながら、妻からはそれに賛同を得られず、しかしなんとか家庭も維持していこうとするので、その難しさが最後まで描かれています。
『まあ、色んな人生、色んな生き方があるということだな。岡部のことだってそれはそれでおもしれえんじゃないか。人生、一度きりなのだし、望むようにさせてやれよ』(p140)
全社員向けにカミングアウトのメールを送ったあとの社長の反応です。
社長は、以前、別のトランスジェンダーの宣言を聞いたことがあり、そのときに本人の勇気に驚くともに、その企業の懐の深さにも感心した、とあります。
読者は、会社のみんな(特に社長)はどんな反応をするのだろう、とドキドキしながら読み進めているところで、絶妙です。
感じたこと
この本は一人のトランスジェンダーの体験記です。女装から女性になりたいという想い、さらに会社でのカミングアウトなど、赤裸々に本音で体験を語っています。会社や妻に対してのカミングアウトの前の気持ちの揺れなども体験者ならではのリアリティがあり、もし自分だったらどうするだろうか?と自分事として考えてしまいました。
この著者の場合は、親会社がLGBTフレンドリーを表明しており、社長も結果的には理解がありました。総務部長というポジションも営業部門に比べれば、女性への移行をしやすいなど、いくつかの条件は揃ってはいたと思います。
ただし、会社での理解という点において言えば、単に環境が恵まれていたということだけではなく、本質的には本人の日頃の周りとのコミュニケーション・関係の築き方が良かったというのが大きいと感じます。
また本の中で、性同一性障害の診断書を“偽りの免罪符”という言い方をしています。性同一性障害というと、十分な知識のない周囲の人は“ビョーキ”だから仕方ないとなりやすいというのは分かります。一方で何人かのトランスジェンダーからは“診断書があるから私は本物のトランスジェンダー”という言葉を聞いたことがあります。
ただ実際には診断書の有無で企業の対応が変わるというケースは少ないです。LGBTの取り組みを進めているフレンドリー企業であれば、性自認は診断書の有無と関係ないということを理解していることが多いです。
逆に、性同一性障害の診断書の有無にかかわらず、トランスジェンダーである(あるいはゲイやレズビアンなども含めたLGBT当事者である)ということを知って、退職勧奨されたり、結果的に退職せざるを得ないような対応をされたりするケースは今でもたくさんあるということも付言しておきます。
一人のトランスジェンダーの体験談ではありますが、著者の前向きなキャラクターもありとても読みやすいので読んでみてはいいかがでしょうか?