2020年6月施行のパワハラ防止法が施行されて、性的指向・性自認に関しては“機微な個人情報”であり、本人の同意なく第三者にこれを暴露(アウティング)した場合にはパワハラに該当する可能性があるので、企業に防止義務を課しています。

また先月、三重県知事がLGBT差別を禁止する条例の制定をして、アウティングの禁止についても条例に盛り込む方針を、県議会で発表しました。アウティング禁止については東京都国立市で制定されていますが、都道府県レベルでの条例は全国初なので話題となっています。

信頼して相談した相手に、知らないうちに勝手にセクシュアリティを暴露(アウティング)され、学校や会社などでいじめや差別を受けたり、そこまでいかなくても居づらくなるというケースは多々あります。そういうことを無くしていくということは、LGBTのおかれている現状を考えると非常に重要なことであり、このような法整備を歓迎する当事者の声もたくさんあります。

一方で、このような法整備や条例に対してLGBT当事者からも反対や戸惑いの声も聴かれています。

今回は、パワハラ(SOGIハラ)防止法について、不安を感じるというAさん(ゲイ当事者)の声をご紹介します。

私はある大手企業で採用マネージャーをしています。当社はLGBT取り組みに関してはまだまだ遅れていて、会社全体として制度や研修という取り組みは特にはしていません。

ただ私自身がゲイというのもあり、Nijiリクルーティングさん経由でLGBTの方の採用も区別なく普通に行っています。今では社内にはトランスジェンダーの方も10名近く働いています。その中にはカミングアウトをせずに自認性の服装や通称名を使用している人もいます。

今回のパワハラ防止法や自治体の条例は、みんな善意からスタートしているものだと思いますし、LGBTが働きやすくなることを目指しているのだと思うので基本的には嬉しく思う気持ちがあります。ただ実際の現場を考えるといろいろ心配になることもあります。

例えば、当社ではカミングアウトをしていないトランスジェンダーの通称名の使用に関しては、人事部内の一部と総務部の人しか知りません。ただこれらの人も異動で変わることがあるのですが、そのたびに本人に事前に確認をするのか?本人が情報共有を断ったらどうするのか?それとも“通称名を使用するのに必要な人”として一括して本人確認をとればいいのか?など、どう対応するのが法律的には正解なのかがはっきりしていません。

また職場内に配属されたときにみんなにカミングアウトをした人もいますが、その場に誰がいたか=カミングアウトをした人の範囲を本人も厳密に把握できていない人もいます。

あとはうちではパートナーシップ制度がありませんが、パートナーシップ制度を利用している人がいる会社ではおそらく似たようなことは起きると思います。そこまで想定して法令・条例が制定されているのか分かりませんが、アウティングを厳格にとらえすぎて法律を遵守しようとすると、現実的にかなり大変なことだと思います。

そして、その大変さを考えたときには、残念ながらアウティングのリスクを企業としてとれないから、そういう採用を止めたほうが無難、という判断も言われかねないという危惧もあります。

もっと言えば、私自身は職場では基本的にカミングアウトをしていません。その必要がないと思っているからですが、こういう法律とかできると、人によってはLGBTってなんか面倒なことをいう人、と捉える人もいる気がします。

このような懸念はAさんに限らず、他のLGBT当事者からも上がっています(元参議院議員でゲイをカミングアウトしている松浦氏も三重県のアウティング禁止条例に関してコメントをしています)。

目指すべき理想像はとても素晴らしいし、このような法令や条例ができることで注目を集め、無関心層に意識を向けさせる効果もあり、働きやすくなるLGBT当事者もたくさんいると思います。

一方で、カミングアウトの目的や様態はさまざまなので、企業においてSOGIハラ防止のための具体的な規程や対応策を整備する場合には、一律に禁止とすると現場感とそぐわないケースもあります。企業ごとに許容できるリスクを考えることも、LGBT差別やアウティングをなくしていくために大切なことかもしれません。