「ミッドナイトスワン」。
オリジナル作品として手掛けたのが『全裸監督』や『下衆の愛』で注目を集めている内田英治監督。脚本の良さと同時に、MTFトランスジェンダー役の草彅剛さん、もう一人の主役である少女役の服部樹咲さんの好演、熱演が素晴らしい映画です。
9月25日から全国公開されていますので、是非、映画館での鑑賞をお勧めします。
ストーリー
“凪沙”(草彅)は故郷の広島を離れ東京、新宿を舞台に生きていますが、あるきっかけで親戚から預かった一人の少女と暮らす事になってしまいました。母から愛を注がれずに生きてきた少女、“一果”(服部)と出会ったことにより、孤独の中で生きてきた凪沙の心に今までにない感情が芽生えます。
一人で生きてきた少女との出会い、自らの“性”の葛藤、実感した事の無かった“母性”の自覚を描く軌跡の物語です。
テーマ
この映画は、MTFトランスジェンダーである凪沙が主人公です。トランスジェンダーとして家族との葛藤、生活の難しさ、性別適合手術の問題なども取り上げられており、トランスジェンダーの生き方がテーマの一つとなっています。
同時に、様々な母と娘の愛の形というのがこの映画のもう一つの重要なテーマです。
- 自分の叶えられなかった夢を娘に託す母親とその期待がプレッシャーとなり押しつぶされそうになる娘
- 人生が思い通りにいかなくて娘に辛くあたる母と、自分の腕を噛むことで行き場のない気持ちをじっと押し殺している娘
- 子供の価値観をどうしても受け入れられない母と、本当の気持ちをずっと隠してきた子供
- 自分を犠牲にしても娘の夢を叶えてあげたい母と、不器用な表現ながら愛情に応えようとする娘
母と娘の愛情の形に正解はありませんし、愛情があっても二人の関係がうまくいくとは限りません。ただそれぞれの想いの深さはとても伝わってきます。
映画の終わり方は凪沙にとってハッピーエンドなのかは見る人によって変わると思いますし、賛否両論があると思います。
凪沙と一果は最初からお互いの印象は良くなく何度もぶつかりながらも、孤独という共通点を抱えて、いつしかお互いがかけがえのない存在となっていきます。凪沙はなぜここまで自己犠牲を払って一果を守ろうとしたのか?もし自分が凪沙だったらどうするでしょうか?考えさせられますし、心が揺さぶられる映画です。
また一果のバレエのシーンもとても美しく見どころです。
感想
MTFトランスジェンダーにも、もちろんいろんな人がいます。この作品の凪沙のように夜の仕事をせざるを得ないという人も少なくないです。
凪沙は、一果のために昼の仕事をしようとしますがトランスジェンダーという点やここまでのキャリア形成の問題もありなかなか就職することができません。
最後は、不本意ながら男になっての就職活動をします。実際にまだ多くの企業ではトランスジェンダー、特にMTFの方の採用に消極的な企業が多いです。少しでも働きやすい社会をつくっていきたいと感じました。
映画だけでなく、監督自身によるノベライズ版もあります。ノベライズ版では映画で描き切れなかったサイドストーリーや登場人物の心の機微をより味わうことができます。
凪沙と同じニューハーフショークラブで働いていた瑞貴は、凪沙に借金をし男に貢ぐ世界から自分を見つめなおして、トランスジェンダーとして区議会議員を目指します。また凪沙が”男”として働いていた体力勝負の職場の同僚の純也が、凪沙のセクシュアリティに気付いても変わらず接するシーンが描かれています。
このノベライズ版も非常に評価が高いです。
一方で、この映画には次のような意見もあります。
『シスジェンダー男性視点の「マジョリティの涙を誘う”かわいそう”な存在としてのトランスジェンダー」ではなく、イメージとしてのトランスジェンダーを超えた、より社会の側のまなざしを揺さぶるような作品へと物語を展開してほしかったと思う。
本作を観た人がどう受け取るかはもちろん人によって異なるが、映画を観た上で、こうした批判的な視点についても考えてみてほしい。そして、今後はマジョリティの考える「トランスジェンダー像」ではなく、現実に生きるトランスジェンダーのリアルを描く作品が生み出されていくことを期待したい。』
(松岡宗嗣さんブログより引用)
見る人によって感じ方は違うと思います。映画から見ても小説から先に読んでもどちらも楽しめる/考えさせられるので、お勧めします。