『怪物』
是枝裕和監督と坂元裕二さんによる脚本で、世界三大映画祭と言われる第76回カンヌ国際映画祭で『脚本賞』と『クィア・パルム賞』を受賞するなど高い評価を得た作品です。
※クィア・パルム賞・・・2010年に創設されたLGBTやクィアをテーマにした映画に与えられる賞。
しかし映画の予告編にはLGBTを想起させる表現はなく、また是枝監督自身も記者会見でLGBTに特化した作品ではない、という発言をしています。
『怪物だーれだ』というキャッチコピーの通り、誰が怪物なのか?どこに怪物がいるのか?を想像しながら観客はこの映画に引き込まれていきます。
本作は「自分の信じる真実が真実だと思いたいという加害性」を見事に見せる作品だと思います。
その加害性に関連して、ラストに向けて是枝監督自身が繊細に取り扱ったLGBTというテーマが浮かび上がってくる映画です。自分自身のアイデンティティに悩む少年ならではの心の動きにも注目です。
音楽を坂本龍一さんが担当しており、映像、音楽、脚本ともに素晴らしい映画です。
※本記事はネタばれが含まれておりますので、ご注意ください。
ストーリー
大きな湖のある郊外の町。息子を愛するシングルマザー、生徒思いの学校教師、そして無邪気な子どもたちが平穏な日常を送っている。そんなある日、学校でケンカが起きる。それはよくある子ども同士のケンカのように見えたが、当人たちの主張は食い違い、それが次第に社会やメディアをも巻き込んだ大事へと発展していく。そしてある嵐の朝、子どもたちがこつ然と姿を消してしまう。
本作は「安藤サクラが演じる母親」「永山瑛太が演じる教師」「黒川想矢が演じる湊少年」の3人の視点から、一つの疑惑について描くことで、真相を炙り出していく手法をとっています。母親も担任教師も「自分は正しい」「子供のために」と思って行動をしているのですが、認知の歪みが発生し、それが結果的に子供を傷つけることにつながっています。
シーン
旦那を亡くしている母は、一人息子への愛情から「あなたが“普通の家庭”をもてるまで頑張る」と息子に伝えます。担任の保利先生は、組体操の練習の際に「しっかりしろよ、男だろ」と声をかけ、また子供たちがケンカした後には「男らしく仲よくしろ」と強引に握手をさせます。
このような日常の何気ない言葉が、子どもたちの心と行動に影響を与えていきます。
「誰かにしか手に入らないものは幸せとは言わない。誰でも手に入るものを幸せっていうの」
田中裕子演じる校長は、前半、全く感情を見せず教師にも親に対しても非人間的な対応を繰り返します。この人こそ、怪物そのものだと観客にも思わせる人なのですが、映画の後半では、嘘をついて担任の保利先生を陥れてしまったと後悔する少年に対して、このセリフを発します。
校長自身の深い懺悔の気持ちも込められているのですが、嘘をつかなくても幸せになれるという希望が伝わってくるとても印象深いセリフです。
感想
是枝監督自身が雑誌のインタビューで発言したところによると、当初はゲイの少年の物語としての描写を考えていたが、撮影にあたりLGBT当事者の話を聞く中で、少年自身がまだ自分自身のセクシュアリティに名前をつけられず、だからこそ「怪物」と思い込んでしまう、という設定にしたそうです。
「怪物」自体をどう捉えるかは、見る人によって異なると思いますが、この少年たちが自分の中に見たものも怪物のひとつなのかもしれません。このように思い込んでしまう原因は、善意悪意に関わらず、周囲の人のリアクションによる影響が大きいです。
この映画のラストが何を表しているのか?どう解釈すべきなのか?などについても賛否両論があります。
映画を見る人に、捉え方が委ねられている部分がたくさんあり、観客に「問い」を残す映画です。
音楽、映像、脚本ともに素晴らしい映画だからこそ、劇場での鑑賞をおすすめします。