「ぼくが性別『ゼロ』に戻るとき~空と木の実の9年間」。

あるがままの自分に向き合い、〈こころの居場所〉を探し続けるひとりの若者を9年間にわたって追ったドキュメンタリー映画です。

13歳から9年間という大きく変化する時期に、主人公の生活をカメラは追い続けます。その変化の様子をリアルにみることができるのが本作の最大の見どころです。

アイデンティティ(枠組み)が大きなテーマです。トランスジェンダーやXジェンダーをより深く知りたい方におススメです。

 

以下、ネタバレも含みます。

 

ストーリー

女性として生まれたが、自分の性に違和感を持ち続けていた主人公が、13歳のときに「性同一性障害」と診断される。17歳のときには弁論大会で700人もの観客を前に、男性として生きていくことを宣言し、法律の要件を満たす20歳になったときに性別適合手術を受け、戸籍を男性に変えます。

その後、78歳で性別適合手術をうけ女性に戻った八代さん(95歳)や男女二分論に違和感をもちXジェンダーを自認する中島さん(26歳)と出会っていく中で、改めて自分自身の性について見直していきます。

映画の最後では驚くべき決断を下します。

テーマ

LGBTの話をするときに、SOGIは“アイデンティティの問題”という言い方をされることがあります。自分は何者なのか?多くの人は思春期を通じて自我や自己同一性を確立していきますが、LGBT当事者の中にはアイデンティティの確立が難しいケースもあります。

本作でも主人公は戸籍上は女性として生まれ、育てられていきますが、自分が女性であることに疑問を感じます。周りは女性として自分を見るのに、自分は女性ではない、と感じているのです。女性とはどういうことか?自分は何者なのか?主人公は自らのアイデンティティに一生懸命悩みます。主人公は性別適合手術を受ける前に「戸籍を男にしたいという思いもあったけど、子宮や卵巣は自分の体にあるべきものでない」と特に女性の身体に違和感をもち手術に踏み切ります。

主人公は自分をカテゴライズする象徴でもある名前も変更し、戸籍の変更もします。主人公のアイデンティティは“男性”という認識でした。

ただ、その後、いろんなLGBT当事者と会い、自分で“男性”としての生活をする中で、“男性”というアイデンティティにも違和感を持ち、映画の最後では自分の性別を自分でゼロに戻します。

感想

本作を見た感想は人によってかなり分かれるかもしれません。トランスジェンダーが困難を乗り越えて自認する性別に“戻る”という単純な話ではありません。

見方によっては「性同一性障害」という医学的診断が間違っていたともいえるかもしれません。また身体に大きな負担がかかり、不可逆的な性別適合手術をすることの課題も浮き彫りにされ、主人公が受けた性別適合手術や戸籍変更を早計と考える人もいるかもしれません。

トランスジェンダーやXジェンダーを自認する人と多く話していると、ジェンダーに違和感を持つ人と身体的性別に違和感を持つ人がいると感じています。主人公は少なくとも身体的に女性であることには強い違和感を持っていたのだと思います。

自認する性別が揺れながらも、(社会が求める)男性でも女性でもないというアイデンティティに行き着いたという印象です。

アイデンティティとは自分で感じるものですが、他者からどう見られるかは大きな影響があります。自分で感じるものと他者の目線が不一致だからこそ悩みを感じることが多くなります。他者からの目線に振り回されずに、自己を確立できると自己受容がしっかりとでき前向きに歩き出せるような気がします。

主人公はまだ20代の若者です。映画はここまでですが、今後どのような人生を送っていくのでしょうか。

Xジェンダーやトランスジェンダーに関心があるかたにおススメの映画です。現在、アップリンク渋谷で上映中で、今後、全国で徐々に上映されていく予定です。