2023年10月、性同一性障害の性別移行に関して、最高裁判所が歴史的な判断を示しました。
この判断により性同一性障害の人の一部は性別適合手術を受けることなく、戸籍上の性別を変更することが実質的に可能になりました。
この最高裁判所の判断に対して、性同一性障害の当事者も含めてさまざまな観点からの賛否がありますが、少なくとも性同一性障害の当事者の中には救われた人も確実にいて、喜びの声も多く耳にします。
今回は、この最高裁判決に関してできるだけ分かりやすく、解説をしてみます。
まず性同一性障害特例法についての復習です。
2003年に『性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(特例法)』が成立したことにより、戸籍上の性別を変更することが可能になりました。
この特例法には現在、次の5つの要件があります。
- 18歳以上
- 現在、結婚していないこと
- 現在、未成年の子供がいないこと
- 生殖腺(生殖機能)がないこと(生殖不能要件)
- 他の性別に近似する外観を備えていること(外観要件)
このうち4と5については、実質的に手術が必要となることが多いので、まとめて手術要件と呼ばれます。
今回の訴訟は、戸籍が男性で自認の性別が女性というトランスジェンダー女性(MTF)が提訴したもので、この手術要件(4と5)は人権侵害であり、手術をせずに(1~3の要件のみ)戸籍変更を認めてほしいという訴えです。
これに対して最高裁は次のような判断をしました。
4の生殖不能要件に関しては、身体への強度な侵襲(しんしゅう)である手術を余儀なくさせることは幸福追求権を定めた憲法13条に違反するとのことです。
2019年にも同様の訴訟があり、その際には『親子関係等に関わる問題が生じて、社会に混乱を生じさせる可能性があることや、生物学的性別に基づいて男女の性区別をしてきた中での急激な変化を避ける』ための配慮により、合憲という判断がされていました。
しかし、今回は違憲という判断に変わりました。
つまり2019年から2023年までの間に、LGBTに関する社会的理解が広がり、このような社会的混乱が起きるのは“極めてまれ”になっているという考えのもと、違憲になったということです。
また5の外観要件については、今回の最高裁では何も判断を示さず高裁に差し戻すということになりました。
外観要件とは、外性器が戸籍上とは反対の外観をしているかどうかという要件です。トランスジェンダー女性(MTF)の場合は、外観要件≒陰茎切除なので、実質的に手術が求められますが、トランスジェンダー男性(FTM)の場合には、ホルモン治療などで男性器に近似した外観を備えることができる場合も多く、必ずしも手術を必要としません。
これらの結果により、トランスジェンダー男性は、今後、手術をしなくても戸籍変更が実質的に可能になります。
※法改正はもう少し時間がかかりますが、性別移行の可否を判断する家裁では、今回の最高裁判断が尊重されるので、法改正を待たずに4の要件は必要ないと判断される可能性が高いです。
一方で、トランスジェンダー女性は、まだ5の外観要件が残っているので、戸籍変更には手術が必要となります。
この外観要件に関しては、来年以降、高裁での判断待ちにはなりますが、今回の最高裁の判断理由や、15人のうち3人の裁判官が5の外観要件も違憲であるという意見をつけていることからも、外観要件も違憲という判断がでる可能性が高いとも言われています。
今回の判決の概要は、以上の通りです。
一方で、この最高裁の判断だけではさまざまな課題が残っているので、今後、その課題を解決するための取り組みが必要になってきます。
主な課題として、次のようなものがあげられます。
- 特例法の要件の見直し
- 性別の考え方が変わることによる混乱の懸念(民法等の改正)
- 未手術で戸籍変更をしたトランスジェンダーの設備(風呂、トイレ、更衣室など)の利用方法
- スポーツなど男女という性別で区分があるものの基準の見直し
- 特例法改正(手術要件撤廃)に反対のトランスジェンダー当事者の懸念の払拭
- トランスジェンダーに関する周囲の理解増進
これらの課題の中には、すぐに解決が難しいものもありますが、対話や理解を継続していくことが大切だと考えられます。