トランスジェンダーが自認の性別で働くために企業に希望したいことは、人によってさまざまではありますが、その中で通称名の使用を希望する人も多くいます。

通称名の使用に関しては、多くの企業では結婚した場合の旧姓使用というのが認められているため、それほどハードルが高くないように感じる場合もあるのですが、実務的には課題があり、特に大企業だからこその対応の難しさがあります。

旧姓使用とは異なり、どのような課題があるのか、トランスジェンダーの通称名について考えてみます。

 

まず、改めて通称名(通名ということもあります)とは何かについて考えてみます。通称名とは、戸籍上の名前ではなく、日常生活や職場などで使用しており、通用している名前のことを言います。

トランスジェンダーの中には、職場などで戸籍上の名前ではなく通称名の使用を希望するケースがあります。最近は男女の性別のイメージのない名前もありますが、名前から戸籍上の性別が推測されるケースも多くあります。そのため戸籍性をカミングアウトをせずに働きたいトランスジェンダーとしては、戸籍の性別がバレないように通称名を使いたいという人が一定数います。

また日本では、戸籍の性別変更とは別に名前の変更をすることも法的に可能です。一般的には戸籍変更をするよりも名前の変更をするほうが、時間や手間がかからないので、戸籍変更をするまえに、名前の変更をするというトランスジェンダーも多くいます。

 

名前の変更手続きとしては、家庭裁判所での手続きが必要になるのですが、その際の必要書類として、通称の使用実績というのがあります。使用実績を証明する資料としては次のようなものがあります。

  • 年賀状
  • 公共料金の明細
  • 学校の成績証明書や卒業証明書
  • ポイントカード
  • 名刺
  • 社員証
  • 健康保険証

これらすべての書類が必要なわけではありませんが、職場での使用実績は裁判所でもより重視されやすいと言われており、この観点からも職場での通称名の使用を希望する声もあります。

 

では、トランスジェンダーの通称名の使用と、他の通称名の使用では何が違うのでしょうか?日本社会で一般的にある通称名としては、結婚した際の旧姓と外国籍の人の通称名があります。

旧姓使用との大きな違いは、変更する部分が旧姓使用の場合は“姓”ですが、トランスジェンダーの場合は“名”になります。また旧姓の場合も外国籍の人の場合も通称名(旧姓)が戸籍謄本や外国人登録原票などに記載があり確認が可能ですが、トランスジェンダーの場合は公的には通称名の記載がないので、確認はできません。

さらに最も大きな違いと言えるのが、戸籍名が周囲に知られても良いかどうかという点があります。ここはトランスジェンダーによっても異なりますが、できるだけ周りに知られたくないという場合もあり、その場合、アウティングにならない対応というのが実務的にはかなり難しさがあります。

 

具体的な課題としては、システムの問題が大きいです。社員登録をしているシステムが“姓”は2つ登録できても、“名”を本名と通称の2つを登録できる仕様になっていないというケースが多いです。また仮に“名”を二つ登録できたとしても、社内で稼働しているシステムが複数ありその連携が難しかったり、システムごとにアクセスできる人が異なるので、アウティングにならないように情報共有範囲を確認するということが非常に難しいということも多いです。

中小企業では、エクセルなどのデータベースも含めて簡易的なシステムで運用しているケースも多く、対応がしやすいのですが、しっかりシステムを作り込んでいる大企業だからこそ、多額の費用がかかるシステム改修は簡単にはできず、通称名対応に難しさがあると言えるかと思います。

対応に難しさがあるとしても、自社では通称名対応にどのような課題があるかを把握しておくことは大切なので、予め想定して対応を検討しておくことが大切になります。