『トランスジェンダーの原理』

2022年1月に出版されたばかりの書籍です。著者の神名龍子さんは、まだインターネット黎明期にパソコン通信の世界で女装家向けに「EON」という掲示板(会員数1500人ほど)を運営しており、その後、2003年「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」成立にも携わったそうです。

本書では、性について根本や原理を考えようと、さまざまな視点での考察が書かれています。一般にメディア等で目にすることの多いLGBT当事者の考えや意見とかなり異なるところもあり賛否両論あるかと思いますが、できるだけ客観的に考察している点は、性やLGBTについて考える上でヒントになる点も多く興味深いです。

いろんなLGBTの意見を知りたいという人にもおススメの一冊です。

書籍概要

目次

第1章 差別について
差別とはなにか、偏見とはなにか、嫌悪とはなにか、性的少数者はなぜ後ろめたいのか

第2章 性別について
原型としての「男女」、性的少数者における性別、性別の変更について

第3章 近代社会原理の再確認
近代社会思想の始まり、自由と平等について、民主主義について

第4章 性的少数者と社会
特例法はいかに実現したか、性差否定としてのジェンダーフリー、政治的党派と性的少数者、同性婚について

第5章 「対立の時代」から「和解の時代」へ
実存と社会、自分が変わる、世界が変わる、温故創新 -新しい問題への対処

印象的なコンテンツ

『正直に言えば私は、同じ性的少数者といえども自分とは異なるカテゴリーである同性愛者については詳しくない。』(P76)

LGBTという言葉だとひとくくりになりますが、実際にはセクシュアリティによって全く状況は全く異なります。著者は、同性愛についての理解はマジョリティと大差がなく、わからないと言い切ります。自分のわかる範囲とわからない範囲を切り分けて議論を進めています。

『よくMtFが「自分は心が女なので女性的な欲望を持つ」というが、(中略)「心が女だから女性的な欲望を持つ」のではなく「女性的な欲望を持つから自分の心は女だと認識した」と考えるべきなので』(P79)

トランスジェンダーとしてもっとも大切な部分である性自認について、このような分析をしています。これは『本人が恣意的に決めるものではなく、(中略)本人の自己決定によらない(むしろそれが不可能な)欲望の在りよう』(P81)なものとしてとらえています。

性自認をどう分析するかはいろんな考えがありますが、本人が確信的にわかるのは、“欲望”という考え方です。ここでいう欲望は、性的指向の話だけでなく、『スカートを履きたい』というものなどさまざまな欲望が含まれます。

『単に「主観」としての性自認を持つことと、それを他者との間で共通了解として成立させることとは違うのだ。後者のための努力がなければ他人は納得してくれない』(P84)

性自認は自分で感じるものではあるけれど、社会で生きていくためにはそれだけでは不十分で、他人からの理解が得られる努力の必要性を説いています。これはセクシュアリティに関することだけでなく、他人に自分を理解してもらうためにすべての人に求められているものとしています。

感じたこと

今回は第2章の性別について、という部分にフォーカスをあててご紹介しました。著者がトランスジェンダーであるからこそ、長年にわたって考察を続けてきたと感じる文章です。第1章では、差別と偏見と嫌悪の違いを分析しており、LGBTの話に限らない差別や偏見全般についてのヒントが得られます。

本書に書かれていることが正しいかどうかではなく、一人のトランスジェンダー当事者の体験と考察として読むととても興味深い一冊です。