「52ヘルツのクジラたち」

2021年の本屋大賞を受賞した町田そのこさんのベストセラー作品を原作とし、杉咲花さん、志尊淳さんなどが出演するヒューマンドラマです。

児童虐待やヤングケアラー、DV、LGBTといった社会課題を取り扱った映画です。

基本的には原作に沿って映像化されていますが、原作では、一種のネタバレになるような事柄が、映画では序盤に観客に明かされるという大きな違いがあります。
そのため、同じ作品でありながら、見る者の印象はかなり異なります。

映画だけでも十分、見る価値がありますが、小説にも興味がある方はまずは原作小説から読むことをお勧めします。
※以下、ネタバレあります。

ストーリー

傷を抱え、東京から海辺の街の一軒家へと移り住んできた貴瑚(きこ)は、虐待され、声を出せなくなった「ムシ」と呼ばれる少年と出会う。
かつて自分も、家族に虐待され、搾取されてきた彼女は、少年を見過ごすことが出来ず、一緒に暮らし始める。やがて、夢も未来もなかった少年に、たった一つの“願い”が芽生える。その願いをかなえることを決心した貴瑚は、自身の声なきSOSを聴き取り救い出してくれた、今はもう会えない安吾とのかけがえのない日々に想いを馳せ、あの時、聴けなかった声を聴くために、もう一度 立ち上がる──。

シーン

原作小説では、育児放棄や虐待など母と子の関係が大きなテーマなので、主人公の貴瑚と少年のストーリーが深く描かれていますが、映画では母と子の関係以上にLGBTによりフォーカスしており、貴瑚とアンさんの物語がメインです。

日常的に母親からの虐待を受けるという家庭環境で過ごしていた貴瑚を救い出してくれたのがアンさん。
小説でも映画でもアンさんは男性として描かれており、貴瑚に対して恋愛感情を抱いているように見えるものの、告白など具体的な行動はとりません。

小説では、アンさんがトランスジェンダー男性(FTM)であることが終盤まで明かされないために、読者は主人公の貴瑚が知るタイミングで、初めてアンさんのこれまでの苦悩を想像することになります。

一方で、映画では序盤でトランスジェンダー男性であることが明らかにされるので、アンさんが貴瑚に想いを伝えられずに悩む気持ちを同時進行で、共感していくことになります。

(本人はバレないか不安は抱えていても)アンさんのように埋没しているケースでは、周囲と本人の間で認識のギャップが生じていることはよくあります。

アンさんは、貴瑚の彼氏から、自分の母親の前でアウティングをされます。いきなりの展開で動揺した母親から「私の産み方が悪かった」「そんな障害をもって」「女には戻れんと?」という言葉が発せられます。

アンさんは、別のシーンで貴瑚との関係を「男とか女とかで語れる関係性じゃない」と言っているからこそ、母とのやり取りが居たたまれないです。

またトランスジェンダー男性役の志尊淳さんは、あごひげをつけています。
これは映像で見せることができる映画ならではですが、トランスジェンダー男性のアンさんならどうやって自分を男性らしく見せるか?という気持ちをうまく表現しています。

感想

LGBTをテーマにした物語では、当事者がハッピーエンドにならないことが多くあります。本作でもアンさんは悲劇的な結末を迎えます。
マイノリティの悲劇性をマジョリティが娯楽として消費しているという批判もしばしばあります。
一方で、実際にこのような悲劇的なことも起きうるという現実もあります。

自分の周りにも気づかないけれど、アンさんのように思い悩んでいる人がいるかもしれない、と想像を広げてみることの大切さを感じます。

原作小説の「52ヘルツのくじらたち」も過去記事でご紹介しています。