『そして夫は、完全な女性になった』

著者は平穏な日々を過ごしていた専業主婦。結婚13年目にして夫がトランスジェンダーであることを知り、話し合いを続けながら夫が性別移行していく過程を見守り続けた妻(“みかた”さん)の視点で綴られる移行記です。

トランスジェンダー当事者の体験談は、書籍やyoutubeなどでも目にする機会が増えてきましたが、妻(パートナー)の立場での体験談は珍しいです。

“仲の良い友人”ではなく、直接、大きな影響を受ける“妻”という立場だからこそ、トランスジェンダーである夫に寄り添うと同時に批判の気持ちもあり、葛藤や複雑な想いが伝わってきます。

個人的な体験談なので、一般化してしまうと偏りがあるように見えますが、この課題の難しさを改めて感じさせる一冊です。

書籍概要

「もうこれ以上自分が中年男性になっていくことに耐えられない。残りの人生は女性として生きていきたいんだ」
40代を迎えた夫は、こう言い放った。
20代後半で結婚し、夫婦共通の趣味である旅行を頻繁に楽しむなど、平和な日々を過ごしていた2018年のある日、発覚した夫の女性ホルモン剤服用。
まさに青天の霹靂といえる事態に混乱しながらも、何度も話し合いを重ねながら女性化していく夫を見続けた2年間を綴った手記。

見た目だけでなく、いやそれ以上に中身も変わっていく夫との関係に苦労しつつも、性別違和についての学び、SNSなどを通じた当事者や当事者の家族との出会い、自己変革の決意……様々な行動を重ね、葛藤と闘いながら、どうすべきかを模索し続けた。

そして夫の性別適合手術が決まり、いよいよ体も女性となる直前に下した決断と、夫や現代のジェンダー医療に対して思うこととは――。

目次
第1章 一人の男性が女性に変わるまで
第2章 暴走する夫
第3章 私はどう乗り越えたか
第4章 私が下した決断

印象的なコンテンツ

「愛情があるなら、見かけが変わろうと認めてあげればいいのに。自分だったらそうするけど」(P85)
夫の弟にカミングアウトをしたときに、みかたさんが弟から言われた言葉です。
他の知り合いに相談したときにも必ずと言っていいほど、このような言葉をかけられ、みかたさんは追い詰められていきます。

「“外見を違う性別に変えたい”という個性を尊重してあげるべき…。でも本当は見かけ以上に中身が変わっていってしまいます。外見以上に中身が、様変わりした当事者とどうかかわっていくかに、家族は悩み続けるのです」(P40)

夫は幼少期から自分の身体への違和はあったものの、思考や振る舞いは男性であり、恋愛対象も女性でした。
女性ホルモン投薬後は、
・洋服や小物、日用品などピンクなど可愛いものを好むようになる
・甘いものがとても好きになる
・興味のなかった料理の練習をするようになる
・洋服に興味をもち、センスが良くなる
・恋愛対象が、女性から、両方、そして男性へと変化する
というような“中身の変化”があったと書かれています。

「今まではたくさん自分を偽って生きてきた。今が本当の自分なんだ」(P158)
嬉々として話す夫の言葉を聞いて、二人で過ごしてきた良い思い出まで否定されたと感じて、みかたさんは心の拠りどころを失っていきます。

感じたこと

二人が最終的にどのような形になるのかは、本書を読んでいただければと思います。

職場の同僚や友達というような人間関係とは異なり、家族という強い人間関係だからこその難しさを感じます。本書はみかたさんという妻側だけの視点なので、人によっては感じ方や意見が違うと思います。

また本書では日本GI(性別不合)学会の認定医である大谷伸久先生が監修をしています。
性自認が女性ではなく、単に身体的違和のみのノンバイナリーに該当するケースでも、性別適合手術を受ける場合もあると指摘しています。

トランスジェンダーの診断の難しさ、ノンバイナリーやクエスチョニングとの違い、FTMとMTFの違い、個人差などさまざまな違いがあるため、対応方法も一通りでなく難しくなります。

トランスジェンダーの性別移行を見守る家族のリアルについて知りたい方にはおススメです。