『ポラリスが降り注ぐ夜』

新宿二丁目のバーを舞台に、多様なセクシュアリティを生きる女性たちの人生を、芥川賞作家の李琴峰さんが描いた連作短編集です。

登場するのは、レズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダー、アセクシュアルなど、多様な背景を持つ人物たちです。
一見すると、「多様性を知るための作品」のようにも見えます。
ただ、読み進めていくと、本作で描かれているのが「自分をどう理解するか」「他者からどう理解されるか」ということが一つのテーマとして描かれていることに気づきます。

“理解する”ことの難しさを改めて考えさせられる一冊です。

書籍概要

第71回 芸術選奨文部科学大臣新人賞 文学部門受賞
多様な性的アイデンティティを持つ女たちが集う二丁目のバー「ポラリス」。第165回芥川賞受賞作家が送る、国も歴史も超えて思い合う気持ちが繋がる7つの恋の物語。

印象的なコンテンツ

『同性愛者に両性愛者、そしてトランスジェンダー。先人は大変な苦労をしてやっと自分に名前をつけることに成功した。名前というのは、自分は一人じゃないってことの証拠なの。そして名前がないのは、生まれていない、存在しないも同然よ』(P97)

LGBTといっても、自分自身に対してラベリングやカテゴライズをされる(あるいは自分でする)ことに肯定的な人と否定的な人がいます。
カテゴライズされることで帰属意識や安心感が持てるという人もいれば、結局はカテゴライズされた属性への違和感を覚える人もいます。

『手術をしたって、戸籍と身分証を変えたって、本物の女になれるわけじゃないのよ』
『卵巣も子宮も月経もないし、女性ホルモンは死ぬまで服用し続けなければならない』(P220)

世の中のほとんどの人が感じることのない厳しい試練を乗り越えてはじめてたどり着ける目的地は、ほとんどの人にとってはスタート地点にすぎないという事実が重くのしかかります。

『二丁目でバーを十何年もやっているとね、来た客が一人一人違うってのを段々分かってきたの。名前がいくつあっても足りないくらいみんな違うから、そんな簡単に説明されてしまうのって、いいのかなって』(P253)

性はグラデーションであるということが、LGBTの研修などでよく説明されます。
まさにグラデーションであり多様だからこそ、名前をつけられず、またつけたくなるという相反する気持ちや人がいるのだと思います。

感じたこと

性別やセクシュアリティに関わらず、人は誰しも「完全には理解されない存在」です。同時に、自分自身のことさえ、明確に言語化できないこともあります。
そうした前提に立ったとき、他者理解のあり方は変わってくるように思います。
「正しく理解する」ことを目指すのではなく、「決めつけずに関わり続ける」ことが大切だと感じました。

また著者の李琴峰さんは以前からレズビアンを公言していましたが、それとは別にトランスジェンダーであるというアウティングを受け、訴訟にいたっています。
これは、その輪郭が本人の意思なく暴かれる危うさを示しました。
だからこそ重要なのは、理解しきることではなく(理解しようとする姿勢は大切です)、決めつけずに関わる姿勢です。
本書は、人事としての「理解」のあり方を静かに問い直してくれる一冊です。