「恋愛に興味がない」と言うと、「まだ好きな人に出会っていないだけ」「そのうち恋愛したくなるよ」と返される、そんな経験をしたことがある人もいるのではないでしょうか。
今回紹介するのは、川野芽生さんの『AはアセクシュアルのA 「恋愛」から遠く離れて』(リトルモア)です。
小説家、歌人、文学研究者である著者が、アロマンティック(他者に恋愛感情を抱かないこと)/アセクシュアル(他者に性的な惹かれを感じないこと)として生きてきた経験をもとに、恋愛や結婚、友情、家族、そして社会の価値観について考察したエッセイです。
本書を読んで印象に残るのは、アセクシュアルというセクシュアリティの説明にとどまらず、そもそも私たちが「恋愛」をどのようなものとして捉えているのか、という問いを投げかけている点です。
言葉の定義などから厳密に考察を進めていくので、ややロジカルすぎると感じる部分もあるかもしれませんが、“恋愛”という多くの人にとって関心が高いことをテーマに深い考察をしているので、興味深く読める一冊です。
書籍概要
「恋愛に興味がない」と言っても、周りは無理解だった。
「そんなはずはない」「まだ出会ってないだけ」「恋愛をすれば人生が変わる」。
心ない言葉を投げかけられ、恋愛の話を共通の話題であるかのように振られた。
ある時、「アセクシュアル」という言葉に出会い……。
社会の規範や同調圧力、「当たり前」を押しつけられて、
自由に生きられない、とモヤモヤしている人へ。
一人ではない。一人でもいい。「変えたい」と思ってもいい。
ここにある言葉がきっとあなたの助けになる。
大反響のウェブ連載「A is for Asexual」に、大量の書き下ろしを加え、待望の書籍化!
日本では前代未聞のアロマンティック/アセクシュアルの当事者によるエッセイ群。
~目次~
わたしはここにいる
introduction
第一部 〈恋愛〉のある世界に生まれてしまった(抜粋)
・「あなたはまだわかっていないだけ」
・ラブストーリーはつまらない
・結婚は生活の面白くない部分
・私の「好き」が伝わらない
・誰よりも、恋愛のことを考える
第二部 アロマンティック/アセクシュアルとは何だろう(抜粋)
・「アセクシュアル」との出会い
・「レズビアンかもしれない」
・アロマンティック/アセクシュアルは差別されているか?
・婚姻制度について
第三部 私を生きる、アセクシュアルを生きる(抜粋)
・恋と恋愛と好きと友情と
・ロマンティックとは何か
・家族について
・友達について
おわりに
印象的なコンテンツ
『「友達以上恋人未満」とか、「友達止まり」とか、「(友情から)恋愛に発展する」といった言葉は、わかりやすく友情より恋愛のほうが「上」なんだということを示している』(P70)
恋愛以外にも人との関係があり、友情も含めて「好き」にもいろいろな関係がある著者にとって、恋愛というごく限られた領域があまりに大きな顔をしてのさばっているのは、恋愛規範の社会の生きにくさがあります。
『私の場合、二十歳くらいの時に、「自分以外の人たちがアセクシュアルでないことに気づいた」』(P116)
『ああ、そういう概念があるということは、みんなアセクシュアルじゃなかったんだ』(P117)
LGBTの当事者は、自分のセクシュアリティについて、“いつ自認したのか”という問いを受けることが多くあります。
それはマジョリティ側からみた質問であって、本人から見ると周囲が違うという気づきとも言えます。
『「証明しなければならない」という圧力があるから悩まされるのだ』(P147)
今後、一生、性的&恋愛的に誰にも惹かれ「ない」ことを証明することは「悪魔の証明」であり、本人も確信を得るのは難しい問題なうえに、恋愛的な惹かれがすべての人がかならず経験すべき(したほうが良い)こととされているために、今後、惹かれることがないことを自ら証明することを強いられることこそが、アセクシュアルの最も大きな悩みと書いています。
感じたこと
本書は、アセクシュアルについて知りたい人だけに向けた本ではありません。
恋愛をしてきた人、結婚している人、恋愛を人生の大切なものとして考えている人も読むことで、新たな気づきが得られる一冊です。
誰かにとっての当たり前が、別の誰かにとってはそうではない、そのことを知るだけでなく、自分自身が何を当たり前だと思っているのかを問い直す、そんなきっかけを与えてくれる本です。




