2026年10月、改正労働施策総合推進法が施行され、企業にはカスタマーハラスメント(カスハラ)を防止するための措置が義務付けられました。顧客や取引先からの不当な言動から、従業員を守ることが企業に求められています。

今回は、職場ではカミングアウトしているものの、取引先との関係で思いがけない経験をしたレズビアン女性(Aさん)の事例を紹介します。

 

私は30代後半のレズビアン女性。広告代理店で営業職として働いています。

数年前、同じ部署の同僚にカミングアウトしました。
最初は少し緊張しましたが、同僚は特に驚くこともなく受け止めてくれました。
それ以来、職場でもパートナーとの生活について自然に話せるようになりました。
週末に二人で旅行に行ったことや、パートナーの仕事が忙しいことなど、ほかの同僚が配偶者や家族について話すのと同じように会話ができるようになったのです。

それは私にとって、とても大きな変化でした。
以前は休日の話題になっても「友人と出かけた」と言い換えたり、プライベートについて詳しく話さないようにしたりしていました。
そうした気遣いをしなくてよくなり、職場での居心地もよくなったと感じていました。

先日、長年担当している取引先との懇親会がありました。
同じ部署の同僚Bさんも参加しており、休日の過ごし方や旅行の話題になりました。
そのとき、Bさんが「Aさんは、今度旅行に行くらしいですよ」と話を振りながら、私に目配せをしました。社内ではみんなに話しているパートナーとの旅行について、取引先の担当者にも話してよいか、確認しているようでした。
私は一瞬迷いました。
取引先の担当者とは長い付き合いがあり、仕事上の関係も良好です。
しかし、自分のセクシュアリティについて話したことはありません。

少し考えた後、自分から「実は、一緒に行くのは女性のパートナーなんです」と話しました。

取引先の担当者は一瞬言葉に詰まり、「そういう関係なんですか……」と少し戸惑ったような反応を見せました。
その場ではそれ以上の話にはなりませんでしたが、周囲の空気が変わったように感じました。

後日、取引先との打ち合わせに臨むと、担当者の態度は以前と変わらないようにも見えましたが、どこか距離を感じるようになりました。
それまで雑談を交えながら進めていた打ち合わせも、必要な話だけで終わることが増えました。
自分のプライベートについて話したことで、仕事上の関係まで変わってしまったように思え、少し残念に感じています。

取引先との関係とは別に、私はもう一つ気になっていたことがあります。

それは、社内の同僚が自分に対して、以前より慎重になっていることです。
同僚は、私が誰にカミングアウトしているのか分からないため、パートナーの話題が出ると、わざわざ言葉を選んだり、周囲に人がいないか確認したりするようになりました。
もちろん、本人の意思に反してセクシュアリティを第三者に伝えるアウティングは許されることではありません。
同僚が慎重になるのは、そうした問題を起こさないためでもあります。その心遣いにはとても感謝しています。

ただ私自身も、毎回「この人には話していい」「この場では話さないでほしい」と伝えなければならないことに、少し窮屈さを感じていました。

自分のことを隠さずに話せるようになりたくてカミングアウトしたのに、今度は周囲に気を遣わせてしまっている。
誰にどこまで話しているかを、常に自分で管理しなければならないようにも感じます。

だからといって、誰にでも知られてよいわけではありません。
今回の取引先との出来事を経験して、改めてそのことも実感しました。

 

この事例から考えたいのは、カミングアウトの範囲を誰が決めるのかということです。
職場でカミングアウトしている人が、取引先や顧客にも同じように話したいとは限りません。
社内では安心して話せても、社外では仕事への影響を考えて、あえて話さないという選択もあります。

本人の意思に反して情報を伝えるアウティングは厳禁ですし、企業として防がなければなりません。
一方で、本人の意向を確認できないまま周囲が過度に身構えたり、本人がその都度説明しなければならなくなったりするのも、望ましい状態とはいえないでしょう。

大切なのは、本人の意思を確認し、必要に応じて話す範囲を相談できる関係をつくることです。
そして、一度確認したら終わりではなく、本人の希望が変わることもあると理解しておく必要があります。

また、取引先から性的指向などを理由に不適切な言動を受けた場合には、本人だけに対応を任せず、会社として従業員を守ることも重要です。
今回のような言動がすべて法的なカスハラに該当するわけではありませんが、カスハラ対策が企業に求められる今、こうした場面も含めて考えていく必要があります。