LGBT研修においては、多くの受講者が身近にLGBTの知り合いがいないというケースが多く、LGBT当事者について知る+理解を深める、ということが大きなテーマになります。LGBTの当事者を知る、理解を深めるというのは基本的なことですが、どうすればより効果的に行えるかは奥が深い課題です。

僕が講師として研修をする場合に、よく受講者のみなさんにQA方式で次の問題をお聞きします。

 

「LGBTの多くはトイレの利用について悩んでいる」
これはYesでしょうか?Noでしょうか?

 

この答えは、Noになります。
先日も、ある企業のマネージャー向け研修で同じQAを行いましたが、正答率は30%程度でした。いろんな研修で同じ問いを出しますが、大体10-30%の正答率です。
なぜNoなのか?LGBの多くはトイレの利用について悩むことはほぼないです。トイレの利用に関して悩むのは一般的にトランスジェンダーやXジェンダーと呼ばれる人なので、LGBT(セクシュアルマイノリティ)の中の一部の人になります。ただこの人たちにとっては、トイレは一日何回も利用する場所で非常に深刻な悩みになります。

答えをきけば、多くの人が「なーんだ」となります。ほとんどの人が知識はあるのです。ただつい「LGBT」を一括りにして考えがちになってしまいます。以前、「LGBTトイレ」というのがニュースになり、その表現はおかしいとメディアの伝え方が批判されたことがありますが、同じ内容です。LGBTの話は多様性(ダイバーシティ)の話と密接に関連しているのに、LGBTの中の多様性にはなかなか目が向かないというのが現実です。

どうやったらLGBTの理解が進むのか?Nijiリクルーティングでもこれまで多くのLGBT研修を実施しており、その中ではLGBT当事者が講師やスピーカーとなるケースが多くあります。これにより確かにLGBT当事者を知れるというメリットもあるのですが、同時に、わかりにくくなるというデメリットもあります。
「身近にLGBTの知り合いがいない」という研修受講者からすると、当事者を目の前にし、体験談を聞くと、これまで知らなかった生々しい体験を聞くことでとても印象に残り、共感する受講者もたくさんいます。そして、これが「LGBTの人」という感覚につながりやすくなります。しかし、当然ですが、この話をしている人は、LGBT代表でもなければ、トランスジェンダーやゲイの代表でもありません。トランスジェンダーやLGBTという属性を持っているAさんの個人的な話ですし、研修でもかなり強くそこはお伝えするのですが、どうしても個の話として聞くことができずに、無意識のうちに「Aさん=LGBTの人」という感覚を持ちやすいです。当事者の体験を聞くことで、アンコンシャス・バイアスがかかるということにつながるのです。

この課題を解決するために、先日、開催した、トランスジェンダー就職・働き方シンポジウムでは、1人の当事者の話ではなく、3人の当事者に話をしてもらうということをしました。しかも3人のセクシュアリティをあえてFTMトランスジェンダーで揃えることにしました。このシンポジウムの終了後のアンケートでは次のような感想がありました。

  • すべての人が戸籍を変更したいわけじゃないと知りました
  • 治療に関連して、いろんな悩みや希望も変わると感じました
  • 多くの当事者の話を聞くと、属性よりも「人」としてかかわることが大切だと感じました
  • LGBTといってもそれぞれ全然違うというのは、言葉でわかっていたつもりですが、話を聞いてみて総称ではなく、一人ひとりの考え方を尊重することが大切だと思いました
  • トランスジェンダーだから、こういう配慮が必要と決めつけるのではなく、一人ひとりと対話を行うべきと感じました

この3人は同じFTMトランスジェンダーを自認していますが、年齢も違うし、治療の状況や働くうえでの希望も違います。一人はLGBTの活動を行いセクシュアリティをオープンにしていますが、ほかの人はクローズドにしています。このように、多くの当事者、それも同じセクシュアリティの当事者の話を同時に聞いてもらうことで、それぞれの違いを感じてもらうことができたのはとても良かったと思います。一方で、研修でこの手法をとるためには、時間がかかるという課題があります。またFTMトランスジェンダー3人の話を聞いても、レズビアンやMTFトランスジェンダーの話はまた別なので、そういうことまで考えると、10人、20人と話を聞かないといけない、ということになり、いろいろな難しさがでてきます。

現実的には、限られた研修の時間に何人もの当事者の話を聞くのは難しいかもしれません。その場合には、他の当事者の事例を間接的にでもできるだけ聞くというのも一つの解決策になります。一人の当事者の話を聞くことのメリットとデメリットがあることは意識しておき、可能であれば、他の人の話を聞く機会を増やしていけるといいですね。