この作品には、劇的な出来事はほとんどありません。
主人公のマルオと恋人のヒカル、そして友人たちは、ご飯を食べ、仕事をし、他愛のない話をしながら、「夏になったらキャンプへ行こう」と約束します。
それだけ聞くと、「何が面白いのだろう」と思う方もいるでしょう。
しかし、この「何も起こらない」ことこそが、この作品の魅力なのです。
LGBTを描く作品では、どうしても「当事者だから起こる問題」が物語の中心になりがちです。
しかし現実には、多くの当事者の日常は、私たちと同じように仕事があり、友人がいて、休日の予定を立て、恋人と過ごしています。
藤野千代さんの『夏の約束』は、そんな「ありふれた日常」を丁寧に描き、第122回芥川賞(1999年)を受賞しています。
ドラマティックな出来事はほとんどありませんが、より深い“理解“につながる良書です。
書籍概要
「芥川賞受賞」
8月になったらキャンプに行こうって、みんなで約束したのだった。
ゲイのカップルを中心とした若者たちの日常を、抑制の効いた温かい視点で淡々と描く。
孤独と欠落感に縁取られた登場人物たちの内面が読む者の心にしみる注目作。
印象的なコンテンツ
『さっき会ってた人、本当に女の人ですか』
『一緒に麦とろ牛タン塩焼きを食べた後輩が、しばらくするとマルオのデスクに近寄ってきて言った』
『後輩は、本当かなあ、カマくさかったけどなあ、と聞こえよがしにつぶやきながらゆっくり去っていく』(P15)
トランスセクシュアルのたま代と会っていた主人公のマルオに会社の後輩が、失礼な質問をしてきた場面です。
マルオは怒りを感じますが、元来争いごとを好まない性格なので、受け流すことにします。
『空気なんて気のせいだったのかもしれないとは思う。大学を出てから六年間、ひたすら隠し続けた事実を知られ、過剰に意識してしまっただけという気もする』(P18)
ゲイであることをひた隠しにしていたマルオが、社内でゲイだとばれます。社内で悪口や差別があったわけではありません。昇進も内規通り、他の同僚と同じように扱われます。
それでも、なんとなく周囲を取り巻く空気が変化した気がして、その空気に“負けて”退寮します。
『すげえ、とか、いつものやつら発見、とかホモデブゥ、とか口々に発し、全速力で駅へと続き路地を曲がって行く』(P32)
恋人のヒカルと手をつないで歩いているところを、小学生の一群が通り過ぎながら、からかいの声をかけていきます。
ヒカルは怒りますが、マルオは『その程度のことでいちいち腹は立てていられない』『たぶんヒカルだって、人を差別したり見下したり笑ったりなんてしょっちゅうしているくせに』と受け流します。
感じたこと
この作品は芥川賞受賞時にも、“軽い”と書評が多くありました。
マルオたちは、日々の会話をし、食事をし、恋人や友人と過ごします。
その何気ない日常がとても“軽く”描かれています。しかし、ふとした違和感や息苦しさが織り込まれています。
例えば、職場でゲイであることが知られた経験、周囲との何気ない距離感、自分のことをすべて話せない空気などがありますが、それらは物語の大事件として扱われるわけではありません。
なぜなら、当事者にとってそれは「たまに起こる特別な出来事」ではなく、日常を形づくる風景の一部だからです。
多くの当事者が日々向き合っているのは、もっと小さく、もっと説明しづらい違和感の積み重ねです。
一つひとつは、それだけを取り上げれば些細な出来事かもしれません。
しかし、それが毎日のように繰り返されることで、その人の暮らしそのものになっていきます。
「こんなに大変な目に遭っている人がいる」という感想よりも、「この人たちは、こういう日常を毎日生きているのだ」という実感が残ります。
この実感がより深い“理解”につながる良書です。




