企業のLGBT・SOGI施策について考えるとき、「誰もが安心してカミングアウトできる職場をつくる」という目標を掲げることがあります。
社員が自分の性的指向や性自認について、隠すことなく話せる。周囲もそれを自然に受け止める。
そうした職場は、一つの理想的な姿に見えるかもしれません。

しかし、ここで少し立ち止まって考えてみたいことがあります。
そもそも、企業は「カミングアウトしやすい会社」を実現できれば良いでしょうか?

もちろん、カミングアウトしたい人が安心して話せる環境を整えることは大切です。
一方で、すべての当事者が自分のことを職場で話したいと思っているわけではありません。
仕事とプライベートを分けておきたい人もいれば、特定の人にだけ話したい人もいます。
自分のことを誰に、どこまで話すかは、本来、本人が決めることです。

例えば、パートナーシップ制度を導入したものの利用者がいない、社内相談窓口を設置したものの相談件数が少ない。こうした状況を気にする人事担当者は少なくありません。

しかし、利用者や相談者が少ないことは、必ずしも制度や職場環境に問題があることを意味しません。
制度を利用する必要がない人もいれば、相談することなく働けている人もいるでしょう。
また、制度を利用するために自分の性的指向やパートナーについて説明しなければならないのであれば、あえて利用しないという選択をする人もいるかもしれません。

利用者数や相談件数だけでは、当事者が安心して働けているかどうかは分かりません。

もう一つ、気をつけたいことがあります。
それは、カミングアウトした人に、知らず知らずのうちに何かを期待してしまうことです。
実際に、自分がLGBTであることを職場で伝えた結果、周囲(人事担当者)から会社のLGBT施策についていろいろと質問され、困ってしまったという当事者の声を聞くことがあります。

「会社の制度についてどう思う?」「ほかの当事者は何に困っているの?」「今度の研修で当事者の立場から話してもらえない?」

本人は自分のことを伝えただけなのに、いつの間にかLGBTの相談役や説明役になってしまうのです。
カミングアウトしたからといって、会社の取り組みに協力したり、周囲に教えたりする義務が生じるわけではありません。当事者の声を施策に生かすことは大切ですが、協力するかどうか、どこまで話すかは本人が選べる必要があります。

では、企業はどのような職場を目指せばよいのでしょうか。
「カミングアウトしなくても安心して働ける職場」という考え方を、もう少し掘り下げてみるのも良いと思います。

例えば、職場で週末の話をするとき、異性愛者の社員は自然に「妻と出かけた」「彼女と旅行した」と話せる。一方、同性パートナーがいる社員は、周囲の反応が気になり、「友人と出かけた」と言い換えている。この職場は、本当に安心して働ける環境でしょうか。

こうした状況を変えるために、「彼女はいるの?」を「パートナーはいるの?」と言い換える取り組みもあります。
それ自体は一つの工夫ですが、言葉を置き換えるだけで十分でしょうか。
そもそも恋愛やパートナーの有無を聞く必要があるのか、相手の性別を決めつけていないか。言葉の背景にある自分たちの前提まで振り返ることが大切です。

ここで考えたいのは、「カミングアウトしなくてもよい」と「自分のことを隠さなくてもよい」は同じではないということです。

異性のパートナーについて話すときには特別な説明を求められないのに、同性のパートナーについて話すときには、関係性や自分の性的指向を説明しなければならない。こうした違いがある限り、当事者は日常の中で、自分のことをどこまで話すかを慎重に判断し続けることになります。
本当に目指したいのは、カミングアウトする必要がない一方で、話したいことまで隠す必要もない職場ではないでしょうか。

つまり企業のLGBT・SOGI施策では、カミングアウトするかどうかを本人が自由に選べること、そして、どちらを選んでも安心して働ける環境をつくることが大切なのだと思います。