『リリース』

三島由紀夫賞の古谷田奈月さんが2016年に発表した近未来SF小説です。

革命的な女性指導者により、完全に男女同権のジェンダーフリーが実現し、国営精子バンクが設立され、代理母の存在とともに、同性愛者がマジョリティとなった社会を描いた作品です。

ジェンダーを扱う小説ですが、登場人物は、女性、男性、同性愛者、異性愛者、トランスジェンダーなどそれぞれの視点で、自分の思う思想や価値観を解き放つ(リリース)しており、読者もそれぞれの立場で、いろんなことを感じることができると思います。

ミステリータッチなので、とても読みやすいです。SFが好きという方には、夏休みにおススメの一冊です。

書籍概要

男女同権が実現し、同性愛者がマジョリティとなった世界。異性愛者のエリート男子大学生、タキナミ・ボナは精子バンクを占拠し、衝撃の演説を始める――理想郷をゆるがすテロリストたちの哀しき陰謀とは?! 男女の在り方を問う衝撃作!

印象的なシーン

『女も、男も、もう社会から性役割を押し付けられることはない。』(P8)

ユリとエリカ(女性同士のカップル)はジェンダーフリーという正義を信奉し周りにもブルドーザーのように強大に思想を押し付け、子供(ビィ:戸籍は男性で性自認は女性)が女性になりたいという言葉に勝ち誇ったように喜びます。一方のビィは、両親が自分たちのように鋭く強くたくましい“娘”に育ってほしいと願っているのを感じつつも“女らしさ”(ピンクの色鉛筆、赤いリボン、花柄の絆創膏など)に心が向かっています。
ビィが男性ではなく、女性という自認を持つ理由は、“女らしさ”への指向であり、それは両親が考える“女らしさ”というジェンダーとのギャップが描かれています。

『悪いことは言わない。出世したいと思うなら、女は眺めるだけにしろ。異性愛者であると公言することは、セクシスト(性差別主義者)を自称するようなものなんだ』(P86)

主人公の一人、エンダ(戸籍は男性)はマイノリティである異性愛者ですが、父親から同性愛者になる(振りをする)ように、教育を施されます。
マイノリティとして立場の弱いエンダは、その後、同性愛の社会構築に協力する振りをしながら、政府の中枢に入り、異性愛者の権利獲得のためのテロを画策してきます。

『性別適合手術なんて、取るに足りないことです。心に合わせて、体をパチッとスイッチさせるだけのことじゃありませんか』(P141)

この社会を実現させた女性指導者ミタ・ジョズは、軽率なほどの軽やかさで“スイッチ”という言葉を流行らせることで、性同一性障害への世間の偏見が一気に減少し、社会は変わっていきます。

感じたこと

この本を読んで感じることは様々だと思います。マイノリティの立場に感情移入することで、マイノリティの生きづらさに思いを馳せる人もいるでしょうし、このようなセクシュアルマイノリティがマジョリティになる世界が怖いと感じる人もいるかもしれません。

またマイノリティの立場が法的に強化されマジョリティとなったときに、また別のマイノリティが生まれるという、社会構造に嘆きを感じる人もいます。読後の感想から、自分の無意識の感情が見えてくる人もいるかもしれません。

立場を入れ替えて読み直した時に、また別の発見があるという意味で興味深い作品です。