『ブレイクショットの軌跡』

『同志少女よ、敵を撃て』で本屋大賞を受賞した逢坂冬馬さんの3作目の作品で、直木賞候補にもなった作品です。
一台のSUV車「ブレイクショット」を軸に、自動車期間工、投資会社役員、不動産営業、SNSインフルエンサー、海外紛争地の少年兵などさまざまな人々の人生が交差していく群像劇です。
一見つながりのない人物たちの人生が、SUV車の流転とともに連鎖していきます。

本作はLGBTをメインテーマにするのではなく、さまざまな人物の中で、自然な形でLGBT当事者を登場させています。

LGBTを“知識”としてではなく、“社会の空気の中で生きる個人の問題”として描いており、実際に当事者が日々向き合っている曖昧で、説明しにくい“空気”が伝わってきます。
このような空気感を知りたい人におすすめです。

 

書籍概要

底が抜けた社会の地獄で、あなたの夢は何ですか?
自動車期間工の本田昴は、Twitterの140字だけが社会とのつながりだった2年11カ月の寮生活を終えようとしていた。
最終日、同僚がSUVブレイクショットのボルトをひとつ車体の内部に落とすのを目撃する。見過ごせば明日からは自由の身だが、さて……。
以降、マネーゲームの狂騒、偽装修理に戸惑う板金工、悪徳不動産会社の陥穽、そしてSNSの混沌と「アフリカのホワイトハウス」――移り変わっていくブレイクショットの所有者を通して、現代日本社会の諸相と複雑なドラマが展開されていく。
人間の多様性と不可解さをテーマに、8つの物語の「軌跡」を奇跡のような構成力で描き切った、『同志少女よ、敵を撃て』を超える最高傑作。

 

印象的なコンテンツ

『愛し合う二人の気持ちを邪魔する奴らに足りてねえ頭と創造性、ゲイもレズもヘテロも関係ねえ・・・愛を知らない奴らに価値もねえよ』(P10)
ライブハウスで行われた“バー・レインボー”というイベントで、最初に登場したラッパーの歌詞です。
同性愛も異性愛も関係なく、愛し合うことの尊さをうたっているのですが、結果的に“愛を知らない”と考えている人を、無意識のうちに傷つけています。

『本当のことなんて絶対に言えない』(P375)
『シャワールームやロッカールームを共有する空間を欲するのも、それら異性と同性愛者の排除を前提として成り立つ、同質性が結束する世界の価値観だし、ゲイの禁足地とはそのまま、ホモソーシャルに残された聖域である』(P375)
スポーツ(サッカー)という世界においては、ホモソーシャルの空気感が支配的であり、それ以外の世界でセクシュアルマイノリティが礼賛されるようになったとしても、スポーツ選手としてはカミングアウトを絶対にできない、という言葉です。
同性愛者であることを知られないように、心を砕いて生活しています。

『カミングアウトに対して警戒すべき反応は、露骨な侮蔑とは限らない。ある意味一番嫌なのは、「説明地獄」だ。当事者のセクシュアリティが複雑なほど本人は説明を求められるし、大抵のマジョリティは性的マイノリティに初めて会うから、自分が説明を求めることを当然と考えて疑わない』(P426)
カミングアウトに対する反応として、「ふーん、そうなんだ」くらいがちょうどいい、というLGBT当事者の声も多く聞きます。
差別でも応援でもなく、当たり前(だから説明も不要)という状態が居心地が良い場合もあります。

 

感じたこと

本作品は、8つの短編が、1台の車の流転を通じて、つながっていきます。
同性愛やアロマンティックというのは話の展開上、ある程度、大事な役目を果たしてはいますが、同性愛やアロマンティックという設定を置かなくても作品として成立させることはできそうです。
LGBTを特別視しないというのはこういうことかと思います。

本書はLGBTだけでなく現代社会の中で「見えない孤立」を抱える人々を描いています。
DE&Iを“企業価値向上”だけで終わらせず、「人が安心して存在できる職場とは何か」を考えたい人事担当者にこそ、読んでほしい一冊です。